Instructor's Voice 「医師として、インストラクターとしてピラティスを広めたい」スポーツ・栄養クリニック 院長 武田 淳也先生

【プロフィール】 武田 淳也先生(たけだ じゅんや)
・スポーツ・栄養クリニック 院長  ・抗加齢医学センター プレフィット代表  ・Pilates Lab 代表 
・Polestar Pilates Comprehensive course ジャパンホストセンター 主宰  ・日本ピラティスリハビリテーション・コンディショニング研究会 代表

・福岡大学医学部卒  ・日本整形外科学会認定専門医 認定スポーツ医 認定リウマチ医  ・日本体育協会公認スポーツドクター  ・日本医師会認定スポーツ医 認定産業医  ・日本臨床内科医会認定医  ・日本糖尿病協会登録医  ・介護支援専門員  ・日本抗加齢医学会専門医  ・日本抗加齢医学会九州研究会 世話人  ・米国ポールスターピラティス・リハビリテーション認定指導者 
・Polestar Pilates Comprehensive Course Mentor

今回はピラティスアライアンススタッフと交友の深い、武田淳也さんにお話をうかがいました。

--ピラティスとの出会いを聞かせていただけますか?

1999年にサンフランシスコのセントフランシスメモリアル病院に行ったときのことでした。 そこは、サンフランシスコ・ジャイアンツのメディカルサポートクリニックということもあり、大変興味があったので勉強をするために訪れた時です。 また、そのクリニックはアメリカのダンス医学のパイオニア的な存在で、当時多くのダンサーやバレリーナも訪れるという有名なクリニックだったのですが、そこで初めてピラティスに出会いました。

見たこともない道具を使ってコンディショニングというかリハビリテーションというか、よくわからないものをダンサーたちがやっていたのですが、その時従来のリハビリテーションとは違うって、インスピレーションで身体にいいものだって感じたんです。

--クリニックではピラティスは体験されたのですか?

その時は、自分では体験しなかったのですが、そこで教えていたエリザベスさんという方と後にお話しする機会があり、アメリカの病院などでは、実際にコンディショニングやリハビリテーション、トレーニング、予防医学など多岐にわたってピラティスが利用されていることなど、ピラティスについて色々と教えてもらいました。

エリザベスさんの話を聞いているうちに、医療分野でも取り入れたいという気持ちがあふれ出し、15分ほどお話を聞いただけなのに、エリザベスさんに、自分が日本で開業したときには。是非自分の病院に来て欲しいと言ってました。
もちろん、エリザベスさんは、苦笑いをされていましたけど。(笑)

--では、初めてピラティスを体験されたのはいつですか?

クリニックで見たり、エリザベスさんのお話を聞いていて、自分が開業したとき、是非ピラティスを取り入れたいという気持ちは強かったんです。
医療としてピラティスを取り入れるために、最初は実際にリハビリに携わる理学療法士に勉強させようと思ったのですが、処方箋を出すのはやっぱり医師である自分ですから、患者によりよいプログラムを提供するためには、自分がきちんと理解していないといけないのではないかと思い、ピラティスを勉強しようと決意しました。

でも、医学部時代のフィットネスインストラクターとしての経験や、スキーで国体などに出場していた経験など、自分に運動経験がなければここまで興味はなかったかもしれないですね。

--では、本格的に取り組んだのはいつですか?

助産師の妻と妻の友人の看護師と3人で、マイアミに出かけたときですね。 本当は、資格を取りに行くとかそんなつもりは全然なかったんです。とにかく処方箋を書くためには、ピラティスを知りたいって気持ちが強かったですね。 それで、ピラティスのリハビリテーション講習に参加しようと思ったのですが、参加するためには、25時間以上の受講経験が必要だった。

行ったからには、とにかく参加したいという気持ちが強くて、なんとか参加させてくれって頼んですね。それで、1日7時間程度のレッスンと空いた時間にはプライベートレッスンを詰め込んで、毎日朝8時から夜の8時までピラティス漬けの生活になったんです。 とにかく一日中ピラティスをやっていたんですが、そのうち、妻や妻の友人は呆れてしまって、早く帰りたいって言う彼女たちの言葉にも逆らって受講していたものだから、夫婦喧嘩にまで発展してしまいました。(苦笑)

最終的には、コースも受講し、PR(リハビリテーション・プリンシプル)、R1(リハビリテーション1)も無事に取得して帰ってきました。

--その後はどうされたんですか?

帰国後、R2だったかR3だったか、上位のモジュールがサンタクルーズのスタジオでやっていることを知ったんです。 折角ここまできたのだから極めたいって思いがありましたね。なんでもそうなんですけど、中途半端は苦手なんですよ。それで、これはもうサンタクルーズに行くしかないって思いました。

マイアミでのピラティス漬けの生活で、夫婦生活に亀裂が入るぐらいピラティスに恋をしてましたね。(笑) 今度は、一人でサンタクルーズに渡ってモジュールを終え、次に最期のモジュールを受けに再びマイアミに渡りました。 最終的に資格を取り終えたのは、病院を開業するちょっと前だったかな。

--資格取得で苦労したことはありますか?

日本での資格試験はなかったので、筆記選択、記述、そして実技、指導実技の全てがアメリカでの試験となりました。 やはり大変だったのは、英語でしたね。もともと英語が得意というわけではなかったので本当に苦労しました。 医者の国家試験よりも精神的に苦しみましたよ。現地の方でも何割かは不合格になるわけだから、英語が苦手な自分は本当に大丈夫かなぁなんて不安もありましたね。
でも、開業した後で二度と試験は受けられないと思う気持ちがあったから必死だったかもしれないですね。

さすがに試験が終わった後は、24時間全く食事を受け付けられないってぐらい放心状態になってましたよ。あんな経験はもうないだろうなぁ。

--福岡で専門のスタジオを開始され4月から専門のインストラクターを採用するなど九州をリードする武田さんですが今後の目標は?

1999年にクリニックで見たように正しい診断、正しい処方に基づきピラティスを理解したうえでのきちんとしたピラティスを提供していきたいですね。とにかくクオリティーにこだわりたいかな。

また、患者だけのためではなくダンサーやバレリーナ、アスリートのフィットネス、コンディショニング、スポーツ医学や、メタボリック症候群、生活習慣病などの内科的な予防など、最終的にはアンチエイジングエクササイズとして、広めていきたいですね。

アメリカでは小学生などの子供たちにもピラティスを広めています。 呼吸法や、姿勢などを小さな頃から教えていって身体にいいことを頭ではなく身体に覚えさせていくことで、究極の予防医学になると思うんですよ。日本でもそんな風に浸透していくと良いですね。

医師という立場も生かして、医学的な意味での信頼性を上げ、信頼できるエクセサイズとしてピラティスを、一般の人への広い普及のお手伝いが出来ると良いですね。

何よりも医者であると同時に、インストラクターとして自分の出来る限りピラティスを極めたいですね。